Fリーグ ディビジョン1所属・エスポラーダ北海道の実行委員としておよそ10年にわたり活躍され、2020-2021シーズンから2年間にわたりFリーグクラブ出身者として初めてFリーグのCOO(最高執行責任者)を務めた福村景樹氏が2022年12月2日(金)に永眠されました。享年71歳でした。
2011シーズンから本格的に北海道の実行委員としてFリーグ発展のために尽力した福村氏は、同クラブからGKの関口優志選手、FPの室田祐希選手など数名のフットサル日本代表選手を輩出しました。また、2011年12月には元サッカー日本代表で当時Jリーグ・横浜FCに所属していた三浦知良選手が北海道の一員として、Fリーグの公式戦に1試合限定で出場することを発表しました。これは当時一般財団法人日本フットサル連盟会長兼FリーグCOOを務めていた大仁邦彌氏と福村氏との協働により実現し、三浦選手が出場した2012年1月15日(日)の「エスポラーダ北海道 vs 府中アスレティックFC(当時)」は5,000名以上の来場者を迎え、数多くの報道を受けてFリーグが日本全国に知れ渡るきっかけとなりました。
その後、2012年5月にFIFAフットサルワールドカップの予選を兼ねたAFCフットサル選手権2012でワールドカップへの出場権を獲得したフットサル日本代表に三浦選手が参画することが決まり、同年11月に行われた同大会でフットサル日本代表が史上初のベスト16入り果たしたことは今も語り継がれています。三浦選手がフットサル日本代表に選出されるまでのサポートも、新たに一般財団法人日本フットサル連盟会長に就任した小倉純二氏(当時・公益財団法人日本サッカー協会名誉会長)と福村氏の尽力によるものでした。
また、Fリーグの認知向上に向けて小倉氏とともにJ SPORTSやABEMAの放送実現に奔走し、現在のFリーグ ディビジョン1全試合生中継という結果に至っています。若手選手の育成にも力を入れ、Fリーグ所属クラブの有望な若手選手を集め、23歳以下の選手で構成された「Fリーグ選抜」の2018/2019シーズンから2シーズン限定でのディビジョン1参戦を実現しました。F選抜には新たなスポンサーもつき、この活動で強化、育成された当時の選手たちは現在各クラブの主軸となり、フットサル日本代表に選出されるほどの成長を見せています。この活動には賛否両論がありましたが、福村氏は「フットサル日本代表が世界で活躍しなければFリーグの発展はない。そのためにも優秀な若手選手の発掘が必要だ。我々は日本サッカー協会フットサル委員会の活動をサポートしなければならない」と口癖のように繰り返していました。
Fリーグを全国に広げ、フットサル日本代表の世界での活躍を誰よりも願い、10年以上もの間走り続けてきた福村氏は、規模が拡大したFリーグならびに日本女子フットサルリーグを一般財団法人日本フットサル連盟から分離し、一般社団法人日本フットサルトップリーグの設立によりこれまで以上に専門性を持った組織の礎を築きました。この仕事を進めていた時は既に病魔に侵されていましたが、周囲に悟られることなく精力的に活動をつづけ、最後まで心の底からフットサル界、Fリーグの発展を願っていました。
私たちはフットサル界の一員として、福村氏の思いを次世代に受け継いでいかなければなりません。心よりご冥福をお祈り申し上げるとともに、これまでのご尽力に心から感謝の意を表します。
2022年12月26日
一般財団法人日本フットサル連盟
一般社団法人日本フットサルトップリーグ