ABOUT FUTSAL/フットサルについて

フットサルの歴史

サロンフットボールとインドアサッカー

サッカーが世界中の国々でプレーされているのと同じく、フットサルも世界のいろいろな国で行われてきましたが、大別すると前述の様に2つのタイプに分けられます。1つは南米を中心に弾まないボールを使って発展した「サロンフットボール」。もう1つは近代サッカーの発祥地イギリスから始まって、ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアなどへ広まり、それぞれの地域で独自のルールをもって行われてきた「インドアサッカー」です。インドアサッカーは普通のサッカーボールや弾むボールを使って、アイスホッケーのように壁面のはねかえりを利用する競技です。

フットボール・サラ

それではフットサルが盛んないくつかの国々の様子をご紹介していきましょう。先ずスペインです。スペインでフットボール・サラ(サロンフットボール)と呼ばれる室内サッカーは、11人制サッカーよりも競技人口が多く、子供から大人まで100万人以上のプレーヤーがいます。1~4部に分けられたプロリーグが開催されています。

ハーレン・フッスバール

ドイツでは11人制サッカーのプロリーグであるブンデスリーガのプレーヤーたちが、シーズンオフの1月にフェスティバル的に始めてから、フットサルがとてもポピュラーになりました。ドイツの冬は寒くて屋外ではとてもプレーできませんし、もちろん観客も楽しんで観ることができません。そこでハーレン・フッスバール(Hallen Fuβball)と呼ばれる屋内サッカーを、ブンデスリーガでやり始めたのです。組み立て式の壁を立てて、会場の大きさに合わせて1チームの人数を決め、1日に3~4チーム出場して何試合もプレーします。オフシーズンならではのサッカーフェスティバルです。現役はもちろんのこと、引退したばかりのトッププロのプレーも間近に観ることができるので、多くのサッカーファンを集めるイベントになっています。

カルチェット、ザール、インドアサッカー

イタリアでは「カルチェット」と呼ばれるフットサルがあります。'80年代に入ってから本格的に始まりましたが、その発展のスピードが速く、今や世界のトップクラスのレベルに達しています。また「ザール」と呼んでいるオランダでは、独自のリーグがあるほど盛んです。アメリカではプロ化された「アメリカン・インドア・サッカー」(MISL=メジャー・インドア・サッカー・リーグ)が、すでに10年を超え、その人気も定着しましたし、子供たちの間に急速に普及してきています。

フチボル・デ・サロン

ブラジルでは「フチボル・デ・サロン」(Futebol de Salao)と呼ばれるサロンフットボールが大人気です。中南米の国々では、みなブラジルと同じフチボル・デ・サロンが国民的スポーツとして行われています。メキシコ、コスタリカ、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチン、コロンビア、ベネズエラ、ペルー、チリなどの国々です。現在、フットサル世界最強国はブラジルです。

世界最強のブラジル

'65年~'79年までの南米選手権、'80、'84年のパン・アメリカン・カップ、 '82、'85、'88年のFIFUSA主催選手権、FIFA主催の'89、'92そして'96年大会のうち、'65年第1回南米選手権と'88年大会でパラグアイが優勝したのを除いて、あとはすべての大会でブラジルが優勝しています。

1種、ジュニアユース、ジュニア…

フットサルの普及・振興のためには、先ず全国大会が必要です。フットサル委員会と日本フットサル連盟では、現在先行しているジュニア(少年)に加え第1種の全国大会づくりが急務であると考え、'96年2月に初の第1種全国大会「第1回全日本フットサル選手権大会 フットサルニッサンカップ'96」が開催されました。そして現在、ジュニアユース、ジュニア(バーモントカップ)も開催されています。

まだアタマもカラダも柔らかい小・中学生にとってフットサルはとても重要なスポーツです。また会場が綺麗でユニフォームや体が汚れにくく、パワーでなく技術で勝負できるところは女子にもむいています。人数も5人ですから仲間づくりが簡単で相互理解もしやすいという特性があります。今後、ユース、大学、女子へと幅広い層へフットサルが広がっていくことが期待されています。

画期的な登録制度

現在日本ではいろいろなフットサル大会が開催され、参加チームもすぐに 1,000~2,000チームが集まります。しかしその中で協会に登録しているチームや選手は少なく、80~90%は未登録者チームです。そこで協会の登録制度と連携したフットサルの登録制度を導入、登録することで草サッカープレーヤーも日本代表になれる可能性が生まれる仕組みができあがりました。'96 年4月から、大会のチーム登録制度がスタートしました。

FIFAが主催するフットサル世界選手権への出場選手も、このような組織と大会の中から選ばれるので、大きな夢が生まれたわけです。

Jリーグとフットサル

底辺からトップまでがつながっている仕組みを構築することは、Jリーグがめざす地元と密着したクラブ組織づくりにも密接に繋がっています。Jリーグでも、その百年構想の活動方針の3本柱の1つに「フットサルを広め、家族や仲間が集まれる機会を増やします」を挙げています。すでに鹿島アントラーズではこの動きを先取りし、多種多様なフットサル大会を、年間を通じて主催しています。

プレーヤーにおいてもさまざまな可能性が考えられます。例えばフットサルで磨いた技術とセンスを持った少年がJリーグ入りすること。また逆にJリーグを引退した選手がフットサルを本格的にプレーする場合も出てくるでしょう。Jリーガーの中でもアウトドア(11人制)に向いている選手、インドア(フットサル)に向いている選手、という振り分けが行われるとともに、どちらをプレーしていても適性に合ったサッカーを選べるといった、双方の歩み寄りも可能になってくるでしょう。各種大会を通じてアウトドア、インドアを問わず未知の人材の発掘と育成、強化を図ることもできるようになっていくことが考えられます。

フットサルという文化

このようにフットサルは頂点と底辺が競技として同質のものであって、しかもトップのレベルが高くて裾野も広い、という文化としての形を整えつつあります。フットサルが増々ポピュラーになって「いつでも、どこでも、だれでも」参加できる環境ができたとき、日本でもサッカーが真に文化と呼べる日がやってくることでしょう。